木村ぶつぶつブログ

山形さがえの仏壇屋が日々感じたことをブツブツと語ります

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只今平成23年6月13日(月)17:10
震災より95日

私は今年度から中小企業家同友会にお世話になっています
当社の今後の経営を考え「勉強したい!!」と思い立ちまして
入会させて頂きました。入会後すぐに震災があり即時被災地
支援をしなくては!!と感じ支援物資をお送りさせて頂きました。
別の団体でもお送りさせて頂きました。だけど…
『それで満足していたのかも知れない』
もっと多くの力が必要なんだ。と改めて感じる。
『自分が出来る事』をもっともっと真剣に考えよう。

―同友会からの文章より
【かけがえのない、残された命を守るということ(岩手同友会)】

昨日で大震災発生から3ヶ月が経過しました。
 県内で最も早く5月1日に立ち上がった、岩手同友会の「けせん朝市」。その賑わい
を見た県内各地の商店からも「私たちもあのやり方ならできる」と声があがり、一
つ、またひとつと自然発生的に仮設商店街が生まれ始めています。まさに岩手復興の
旗手として、地域再興の先導役として大きな役割を果たしています。
 毎週のように全国各地の同友会から「炊き出しチーム」においでいただき、地元の
方々が「今日はどこのイベント?」と楽しみに訪れる姿があります。先日は大阪同友
会から餃子千人分が。今日は静岡同友会から新茶が振る舞われ「本当にありがたいこ
とだねえ」と互いに顔を見合わせながら大切に口に運ぶ表情は、ようやく生活に潤い
が出てきたことが嬉しそうです。
 一方で他県から現地を訪れていただく方に共通することがあります。「想像してい
た状況とは全く違った。こんなにも酷い状況とは思わなかった。意気揚々と支援に来
た自分たちが、現地を見て呆然としてしまう。それなのに『遠くからわざわざ有難
う』と誰もが温かい声をかけてくれる。元気を持ってきたはずなのに、逆に私たちの
方が・・・」と涙を流し話されることです。
 私たちにとっては特別のことではなく、只々生きるために必死でやってきたことで
す。映像や新聞報道では、被災した人たちがどんな心の在り様で日々歩んでいるの
か、まだまだ十分に伝わっていません。だからこそ、変わりつつある現地の表情を伝
えていくことが唯一全国の皆様に、私たちができることと思っています。

 実は壊滅的な被害を受けた沿岸地域の復興は、一向に進んでいません。がれきの処
理も遅々として進まず、仮設住宅を建設をする場所さえ、まだ決まったわけではあり
ません。むろん携わっている方々やボランティアの皆様は、全力で毎日格闘していま
す。
 進まない原因、それは土地が全くないのです。そして地域の将来ビジョンが全く示
されていないためです。どこに商店や工場を再び立ち上げれば良いのか、仮設の事務
所や店舗をどこにつくれば良いのか、全く展望を描けないのです。
 最初の2ヶ月は「何としても生きる」という気持ちだけで踏ん張れます。でもどん
なに強い人間でも、3ヶ月も経過すると限界点を越えてしまいます。今最も急がれる
のは、そうした限界をこえたこころの傷を、人と人とのつながりとぬくもりで、支え
あうことです。そして場合によっては専門の先生のこころのケアを必要としていま
す。
 震災から2ヶ月を経過した頃から、急激に自ら命を絶つ方が増えてきました。一切
報道される事はありません。誰も口には出しませんが、地域の人たちは皆知っていま
す。先日、家族の中で一人残された男性が亡くなりました。行方不明の奥様とお子さ
んが見つかり、その夜亡くなりました。被災地では何万人もの方が、同じ深い心の傷
を負っています。
 同友会のある会社では、30名の社員全員を集め、社員研修として健康講座を開催、
医療チームの方のお話と簡単なセルフチェックを行いました。結果は3分の1がPTSDや
初期的なうつ状態など、何らかの名前の付く病にかかっていました。そのうち5名は
すぐに、隣室に控えていた精神科医に診ていただく必要がありました。すぐに症状を
和らげる薬を処方していただき、状況は落ち着きました。そうした対処を早くするこ
とで、重症化する前に落ち着くことができるのです。大事なのは「早く」なのです。
 その社長ご自身も、実は処方を受けている一人でした。日中は社員の前で一切弱音
を吐きませんが、夜になると目の前で起きたことが鮮明にフラッシュバックしてくる
そうです。「ひょっとしたら社員も同じ状況かもしれない」と感じ、すぐ医療チーム
にお願いしました。
 かなり症状の重いある女性社員は、家に帰ると母親の状態が悪く「私はまだ軽いか
ら大丈夫」と自分に言いきかせて、眠れない症状を我慢していました。夜中に泣きな
がら社長に電話をかけてきて、初めて家族の状況も見えてきました。
 こうした現状に危機感を感じ、気仙支部ではすぐ動き始めました。「ほっとする時
間ありますか」「大災害のあとは、誰でも心に大きなストレスを受けます。心配しな
いで」と見出しをつけ、イラストの入ったこころのセルフケアチェックシートを、避
難所をはじめ、保育所、学校などに歩いて配り始めました。

 最も反応が大きかったのは保育所でした。「今子どもたちの間では、津波ごっこが
流行っているんです。」耳を疑いました。でも話しているその脇で、積み木を積み上
げ『津波だー』と壊す子どもの姿をがありました。唖然とする私たちに、「子どもは
心に受けた衝撃を、体で表して受けとめようとするんです」保育士さんがフォローし
てくれました。止めたり叱ったりしてはいけないそうです。「もう大丈夫だよ。」と
ぎゅっと抱きしめてあげる。そしてひとつひとつ積み直して「大丈夫。大人がまた、
元通りにしてくれるからね。」と笑顔で応えてあげる。そんな保育士さんも本当は一
杯いっぱいです。そしてその子どもたちが帰る家にはお母さん。お母さんも本当は泣
きたいんです。
 10日(金曜日)には、2回目の「こころのケア健康講座」が陸前高田ドライビングス
クールで行われました。県から派遣されてきた先生は、淡々とこれまでの3か月を振
り返ります。暫くすると、会場にいた女性が声を上げて泣き始めました。それから先
生の表情が急に変わりました。
 電気も水も出ない地域がまだまだあります。インフラ整備も復旧を急がなければな
りません。でも今、もっともっと急がなければならないのは、こころのケアです。恐
らく沿岸で被災を受けた地域では、全域で対策が遅れています。
 「このままだと危ない。地域のためになるのなら、何でもやろうじゃないか」気仙
支部では田村満支部長の声のもと、同友会の企業だけではなく地域全体の企業へ向
け、取り組みを呼びかけ始めています。そして経営者同士の声の掛け合い、そして学
校や保育所の先生方、親御さんへも同時に声をかけはじめています。

 これまで「1社もつぶさない、つぶさせない。」を掲げ、全力で動いてきました。3
か月経過した今、新たな段階に入りました。「残された命を守る」ことを、医療チー
ムだけではなく経営者が、そして地域全体が意識していかなければ、その先の復興は
ありません。
 心理士の先生によると、こうした生死を分けるようなショックを受けると、ほとん
どの人が何らかの心的衝撃が残るそうです。しかしながら、一部それを人間力でカ
バーできる人たちがいるそうです。その話を聞いた気仙支部の方々からは、こんな深
刻な中でも笑いが起きました。「俺たちは普段からまともじゃないからな。」「いや
俺はまともだから。支部長だけだよ。」と冗談を言いながら、配布用のイラスト入り
の沢山のこころのケアシートを手に持って、それぞれの地域に戻っていきました。同
友会の経営者の方々の人間力は、どんな厚い壁が阻んでも驚きません。「かけがえの
ない命を守る。」地域に生きる中小企業の原点を今、かみ締めながら生きています。

以上

私たちはもっともっと強く繋がる必要があるのを改めて強く感じた。
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  1. 2011/06/13(月) 17:26:31|
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前を見続ける意志

只今、平成23年3月23日(水)
東日本大震災から12日

最近入会させて頂いた
『中小企業家同友会岩手同友会』
菊田事務局長の文より抜粋
『生きていくこと』を考えさせられた


全国の皆様のあたたかいお心遣いに、何と申し上げて良いのか、言葉が見つかりません。

全国からの救援物資第一便が、本日8時に岩手に到着しました。そして第2便は、秋田同友会からの直送便です。秋田を発ったトラックは途中、1カ所荷下ろしすることが分かっていました。その場所で待ち構えていた秋田同友会の方々が「トラックを一杯にして送り届けなきゃ」と、自社で出せるものを目一杯積んで、盛岡に送り届けてくださいました。その精一杯の気持ちに胸が熱くなりました。恐らく、全国の皆さん一人ひとりがそんなお気持ちで応援してくださっているのだと、伝わってきます。

今日、震災後初めて、岩手同友会から一人の若い命が失われたことがわかりました。彼は、中小企業家しんぶん 2009年7月5日/1117号/8面【会員増強は豊かな社会創造の力-2010年5万名会員をめざして】67「地域の危機に黙ってはいられない~逆境を糧に大きなうねりへ」で紹介した29歳の文具店後継者です。以下新聞を抜粋して紹介します。・・・気仙支部の特長は、20代の若手経営者から60代のベテラン経営者まで、いつも一緒に語らう姿があることです。若手はシャッター通りの商店街を1軒1軒まわり、例会のチラシをどんな小さな店舗にも配ります。『地域を変えるのは皆さんです!』と若手が地域を走り回り、市民一人ひとりに呼びかけました。そんな粘り腰をじっと見守るのは、父親の年齢のような経営者。差し迫った危機感の中に、笑顔とゆとりが漂います。・・・シャッター通りの商店街を、例会のチラシを持って「地域を変えるのは皆さんです!」と走り回っていたのが彼です。今年2月、開講したばかりの第7期経営指針を創る会の受講生の一人として決意し、経営者として歩み始めたばかりでした。大津波警報が響き渡る中、自分よりもお年寄り、と消防団の半纏を着て地元住民を避難誘導していた姿が最後でした。

でも、悲しんでばかりいられません。その遺志を引き継ぐのが私たちです。彼の願った地域の姿はどんな絵だったのか。それを現実に、この地に再生すること。私たちは重い、命のバトンを引き継ぎました。

葛巻町の鈴木重男町長本人から、直接電話が来ました。鈴木さんは町長になる前、岩手同友会の農業食糧生産部会長でした。「今度の19日、避難所の高田第一中学校へ、町を挙げて『ひっつみ汁』(水団汁)をつくりに行きます。少しでも温かい料理と、新鮮な牛乳を飲んでいただき、心を温めることができるなら。事務局も一緒に行きませんか」とのお誘いでした。そして「呼びかけて欲しい」とお願いされました。「子ども達を受け入れたい。親御さんや家族を失ってしまった子ども達を、私たちの葛巻へ連れてきてください。ぜひ町のみんなで面倒見たい」
危機に思い出すのは、やはり同志です。鈴木さんも、私たちと同じ方向を見ていました。

盛岡をはじめ県内では今、ガソリンや軽油が全くなくなり、復興へ向けた動きが止まっています。また店頭には食料品や様々な物資が消え、仕事ができないため、多くの企業では社員を自宅待機にし、町全体が静まりかえっています。だからこそ何よりも、今まさにトラックで輸送中の、全国同友会の仲間からの心のこもった軽油は「復興の希望の光」です。救援物資を配送するにも、重機を動かすにも燃料がなければ、動けません。「動きたい」でも動けない。「1,000リットル?本当か。それはそれは有り難い。同友会ってなんて会なんだ。ポリ容器を今受注してつくってくれてるってよ。そんなことってあるのか」携帯電話の向こうから聞こえる高揚した田村支部長の声。そのまわりには、支部会員の何人かが、囲んでいるのがわかります。「その軽油はいつ到着する?どんな方法をとってもいいから、1時間でも早く持ってきてくれ。燃料さえあれば、復興へ動き出せる。いただいた物資は、俺たちが責任を持って配送できる」「どうも」と元気に割り込んできたのは八木澤商店、河野専務さんでした。地震後私との初めての会話でした。「ぜーんぶドライビングスクールへ持ってきてください。大丈夫です。任せてください」力強く話してくれました。前述の新聞の記事と同じ光景が、街がなくなった今も全く変わらず続いています。形は無くなったけれど、形のないものは、震災以前と何にも変わりません。すでに皆さんの頭には、未来図はあるようです。

私たち事務局4人は、震災後変わらず確認してきたことがあります。
たとえどんなに今回の震災で会員が減ろうとも、描いてきた「2011岩手同友会20周年を600名で迎えよう!」の旗は掲げ続けよう、と。むろん同友会の歴史が証明していますが、「復興は中小企業の力でこそ実現する。中小企業が牽引してこそ前進する」とこの数日間で心から確信しています。食料も十分になく、生活環境も整わない中でも、重機の燃料や配送移動する車の燃料ばかりを気にする経営者。その心の先に未来があるからできることです。ささやかながら共に肩組みあって、その未来図を必ずや現実のものにしたいと思います。


という文でした。
私は仲間に入れてもらったばっかりですし、この中に書いてある方達とは
顔も知らない関係です…ですが、街を復興しようと頑張っている姿に
心が動きます。もし同じ事が自分の身に降り掛かっていたらこんなにも
強く前を向き、想像だに出来ない程の痛みに耐え、街の復興を描けたのでしょうか?

私の『出来ること』…取り分け『永く出来ること』を考えたいと思います。
顔も知らない同志の方々の未来図への健闘をお祈りすると共に
無力な私ですが、共に明るい未来へと闘っていきたいと強く思います。
亡くなられた方の『命のバトン』の重さを感じながら…
  1. 2011/03/23(水) 12:15:23|
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プロフィール

木村ぶつだん

Author:木村ぶつだん
○きむらようすけ と申します。
○山形県寒河江(さがえ)市にある創業より93年目になる木村ぶつだん四代目(予定)です。※山形県寒河江市本町(駅前通り)
○大好きな寒河江のことや大切な家族のことを綴りたいと思っています。現在、36歳。愛妻と子供3人の父であります。
○趣味はビリヤード、ダーツ、神輿、談笑(お酒必要)と結構なインドア。現在、寒河江市商工会青年部部長を務めさせて頂いております。中小企業家同友会に所属させて頂いております。
 

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